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第二話

last update Date de publication: 2026-01-30 17:18:31

 本番当日、僕は授業中も落ち着かないほどの高揚感に包まれていた。昼休みの部室では、同期の松本(ガジン)が実は二浪の成人だと知り驚愕する。平穏な日常を望んでいたはずの僕だったが、何が起こるかわからない日常の交流が心地よく感じられるほど、部は僕にとって大切な居場所になっていた。本番直前、僕は気恥ずかしさを抱えつつも、同じ一年生の橋本さんを「裕子ちゃん」と名前で呼ぶ。そんな甘酸っぱいやり取りや、舞台裏での佐々木先輩の手伝いを通じ、僕は本番前の高揚感に浮かされて授業をサボり、自分の時間を舞台に捧げることを決める。

 迎えた開演。僕はサイドスポット操作という重責を担い、暗闇の中でスタンバイする。上演された演目「the end of the world」は、学生時代に演劇を共にした三人の男女が、卒業後に直面する現実と悲劇を描いたものだ。家業の倒産と借金に苦しみ自殺を選んだ芝浦(ブラザーさん)と、彼を演劇の世界へ呼び戻したことに罪悪感を抱く小山(金八さん)、自殺の兆候に気づくことができなかった笹田(久美子さん)そして、亡き兄の遺志を継ごうとするカズマ(骨折さん)の熱演が、観客の心を激しく揺さぶる。僕は劇の山場、骨折さんが叫ぶ「お前さえいなければよかったんだ!」というセリフに合わせ、無事に寸分違わぬタイミングでサイドスポットを操作することができた。

 全五公演は大盛況に終わり、最終日には立ち見が出るほどの熱気に包まれた。鳴り止まない拍手の中で行われたカーテンコール。その光景を照明席から見守っていた僕は、物語が現実を変える瞬間に立ち会い、かつてない達成感を覚える。撤収作業である「バラシ」を経て、非日常から日常へと戻っていくホールを眺めながら、寂しさと共に次への強い期待を抱いていた。

 打ち上げの席で、僕は苦いビールを口にし、大人への階段を一段登る。週が明け、寝不足のまま訪れた部室で、部長から十一月の新人公演が一年生主体で行われることを聞かされる。脚本を書きたいと意気込むガジンから「役者をやってみないか」と誘われたとき、あんなに人前に出ることを避けていたはずなのに「やってみてもいいかな」という言葉が自然と漏れた。ガジンの「どっぷり演劇の沼にはまっている」という言葉を、僕は否定しなかった。演劇に出会い、自分の殻を破って新しい世界へ一歩踏み出す勇気を得たような気がしていた。

 公演後、演劇研究会は休止状態に入った。濃密な稽古の日々が嘘のように、僕は虚脱感の中で「演劇以前」の自分を思い出せずにいた。大学の自由な空気に馴染み始めた六月、部を挙げて体育祭のソフトボール大会に参加することになる。

 運動に苦手意識を持つ僕だったが、骨折さんの力投や田中さんの「予告ホームラン」などの賑やかな雰囲気に誘われ、試合を楽しむ。三回裏、一対二でリードを許す場面で打席に立った僕は、ボテボテの内野安打を放つ。グラウンドの凹凸に助けられた幸運な一打だったが、仲間からの声援を受け、スポーツを純粋に楽しむ感覚を初めて味わった。試合は田中さんの本物のホームランで逆転勝利を収め、二回戦でラグビー部に惨敗するも、部員たちは清々しく笑い合った。

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    百六十「ケンさんとコロさんは今何してるんですか?」「俺は老人ホームで介護の仕事してるよ」「わたしはフリーターだよ」 注文したハンバーガーを待つ間、席について会話が続いていた。理恵の質問に二人が答える。ケンは福祉関係の資格を持っている。だから老人ホームで働いていることに驚きはなかった。ちなみにナベも福祉学部心理学科を卒業しているので福祉系の資格を持っている。「理恵ちゃん、俺には聞かないの?」 ガジンの問いにはナベが代わりに質問を返すことにする。気になっていたからだ。「ガジンはフリーター続けてるんじゃないの?」「そうだよ」「いまはなにやってんの?」「卒業してからずっとインターネットのテクニカルサポート……困ったときの対応をしてるよ」「あ、じゃあみんなおおまかには電話応対の仕事なんだな」 そこで注文したハンバーガーが運ばれてきて、全員で食べ始める。「これからなんだけどさ」 食べながらケンが話し出す。旗揚げの話が始まったな、とナベは居住まいを正した。「まずは旗揚げ公演を目指して脚本を決めようと思うんだよね。で、役者はここにいる五人は出たほうがいいと思うんだよ」「え、でもそしたら……」 ガジンが不安を口にする。ナベも全員が役者をすると音響や照明の操作スタッフが足りていないことに気づいていた。「うん、スタッフやってくれる人を探さないといけないよね。お金で雇う選択肢もあるけど、そんなお金はないから知り合いのつてでなんとか見つけられればいいよね」「既成の台本ではダメなんですか?」 ジュースを飲みながら理恵が尋ねる。「旗揚げ公演だからさ、俺らのカラーを出したいなーって思うんだよ。俺も脚本書いてみるし、コロも書くって言ってる。だから最初は、期限決めてプロット書いて、脚本をきめるところからやりたいなーって思うんだよね」「劇団の名前も決めないとですね」 旗揚げをするなら名前が必要だ。ナベは楽しみで会議の

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    「あ、けっこう人いた」 入ってきたのは木村恵先輩と石川純子先輩だった。どちらも二年生で、木村先輩はキムさん、石川先輩は純子さんと呼ばれている。二人とも前の公演では制作を担当していた。人が増えてきたのでなんとなく部屋の気温が上がったように感じる。エアコンはついていないので気のせいかもしれない。「キムさん、純子さん、お久しぶりです〜!」「やっほ〜、裕子ちゃん」 裕子ちゃんの挨拶にキムさんが答える。僕とゴウさんも二人に挨拶した。「二人も成績見に来たの?」「そうだけど、その話題ちょっと広げないで」「あ、そういう感じ?」 ゴウさんの質問にキムさんは嫌な顔をする。成績はあまりよくなかった

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    「やあみんな、おはよう」 やってきたのは二年の吉田剛先輩だ。ゴウさんと呼ばれている。ゴウさんは私服がスーツというちょっと変わった人だ。今日もまたスーツとビジネスバッグを持っている。就職活動をしているわけではない。「おはようございます」「ゴウさ〜ん、久しぶりです〜!っていうか、暑くないですか?ネクタイ締めて」 裕子ちゃんの指摘通り、ゴウさんはきっちりネクタイを締めている。「ん?うん、夏だからジャケットは着てないからね。平気だよ」「ブレないですね」 僕がそう言うとゴウさんは少し遠い目をした。「北海道は暑くないよ」「あれ、ゴウさんってずっと北海道じゃないんですか?」 裕子ちゃん

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   第四話

    「おっはよー!」 元気よく現れたのは橋本さんだった。いつものように笑顔で挨拶してくれる。「……おー、久しぶり」 僕もいつものようにおもしろみのない気の利かないことしか口から出てこない。「よかった。一人だったらどうしようと思ってたとこだよ。ナベ、成績どうだった?」 ガタンと椅子を鳴らして橋本さんは座る。洗剤の匂いなのか香水なのかわからないが、花のような香りが鼻をくすぐる。「数学は落としたけど、他は単位取れたよ。えぇと、裕子ちゃんは?」 人を苗字ではなく名前で呼ぶのはまだ慣れない。読んでいた漫画を閉じて机に置く。「私はねー、だいたい単位取れたけど何個かだめだったよ。ナベはすごいね

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   登場人物

    ( )内はあだ名。渡辺浩二(ナベ) 主人公。大学一年生。松本雅人(ガジン) 大学一年生。橋本裕子(裕子) 大学一年生。池田理恵(理恵) 大学一年生。岡田瞳(瞳) 大学一年生。清水智子(みずとも) 大学一年生。中島麻美(麻美) 大学二年生。林由美(由美) 大学二年生。加藤俊輔(シュン) 大学四年生。中村雄介(ブラザー) 大学四年生。山本慎吾(ポリス) 大学四年生。

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